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最高裁判所第三小法廷 昭和33年(オ)117号 判決 1960年10月18日

主文

原判決を破棄する。

本件を仙台高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人三島保の上告理由について。

論旨は、被上告人らはいずれも訴外斉藤岩松が上告人から金一五万円を借り受けるに際し連帯保証をすることを承諾し、同訴外人に被上告人らの実印を交付して上告人との間にその旨の保証契約をするにつき代理権を授与したものである。実印は日常の取引において重要視されるものであるから、第三者は実印を交付された代理人がその実印を使用して取引する場合には代理人にその取引をする権限があるものと信ずるのは当然である。従つて、訴外斉藤岩松が被上告人らに代わり、交付された実印により上告人との間に本件手形割引契約を結び、同訴外人の負担する債務につき保証する旨の契約をするに当つては、特段の事情の存しない限り、上告人において同訴外人にこのような保証契約をする権限があるものと信ずるのは当然であり、しかもこのように信ずるにつき過失はないのであるから、上告人には同訴外人に右保証契約をする権限があつたものと信ずべき正当の事由があつたものといわざるを得ないのである。しかるに、原判決は上告人(控訴人)側にはいまだもつて右岩松に被上告人ら(被控訴人ら)を代理して保証契約を上告人と結ぶ権限があると信ずべき正当の事由があつたとすることはできないと判示して上告人の主張を排斥したことは、民法一一〇条の解釈適用を誤つたか、理由不備、審理不尽の違法があり破棄を免れないと主張する。

本人が他人に対し自己の実印を交付し、これを使用して或る行為をなすべき権限を与えた場合に、その他人が代理人として権限外の行為をしたとき、取引の相手方である第三者は、特別の事情のない限り、実印を託された代理人にその取引をする代理権があつたものと信ずるのは当然であり、かく信ずるについて過失があつたものということはできない。そして、かかる場合に右の第三者は、常に必ず本人の意思を確め、行為者の代理権の有無を明らかにしなければならないものと即断することもできない。しかるに原判決は、上告人において、被上告人らは斉藤岩松が上告人から一五万円を借り受けるにつき連帯保証人となることを承諾し、岩松に保証契約を締結する代理権を与えた上、四〇万円の借受についてもその保証書には被上告人らの実印が押されている以上、上告人は右岩松に被上告人らを代理して右四〇万円の借受契約について上告人との間に連帯保証契約を締結する権限ありと信ずべき正当な事由があつたと主張したのに対して、被上告人らが岩松に実印を交付して一五万円の貸借につき保証契約締結の代理権を与えたかどうか、岩松が右実印を使用して四〇万円の貸借につき被上告人らを代理して保証契約を締結したとしても上告人において岩松に代理権があつたと信ずべき正当の事由がなかつたと認められるべき特別の事情があつたかどうかの点について、首肯するに足りる説明をしないまま、上告人の本訴請求を排斥したことは、審理不尽による理由不備の違法があるものといわなければならない。

よつて、本件上告を理由あるものと認め、民訴四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己 裁判官 高橋潔 裁判官 石坂修一)

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